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聴こえているのに、聞き取れない ― 聴覚情報処理障害(APD)と発達障害


聴こえているのに聞き逃している状況
聴こえているのに聞き逃してしまう

「聴力検査は正常。でも、授業や会議になると急にわからなくなる」

「雑音の中で言葉が聞き取れず思考が停止する」


そんな“ズレ”を抱える人がいます。それが「聴覚情報処理障害(APD)」です。


APDは、聴覚の器質的な問題というより発達特性や注意や記憶などの認知的な問題、心理的な問題などの要因があると考えられています。


■ APDは単なる「聞こえの問題」ではない


近年の報告では、APDの背景には

注意の持続や選択の難しさ

ワーキングメモリの弱さ

不安や緊張などの心理的要因

など、複数の要素が絡み合っていることが指摘されています。

たとえば、周囲がざわつく教室で先生の声だけを拾うには、「不要な音を抑え、必要な音に注意を向け続ける力」が必要です。この力は、発達特性とも深く関わります。


■ 発達障害との関連


APDはADHDやASDなどの発達障害と重なりやすい特性が多いようです。


ADHDのある人

→ 注意の揺れやすさ、聴覚情報の保持の難しさが影響しやすい


ASDのある人

→ 音の選択的注意や感覚過敏、言語理解のスタイルの違いが影響することがある

ここで大切なのは、「聞き取れない=努力不足」ではないということです。


情報処理のスタイルが違うだけで、怠慢ではありません。

むしろ、何度も聞き返すことへの遠慮や、「自分だけわからない」という孤立感のほうが、二次的なストレスを生みやすいのです。


■ 支援の3つの柱


APDへの支援は、“耳を鍛える”だけでは不十分です。多面的なアプローチが重要になります。

① 環境調整

前方の座席配置

雑音の少ない場所の確保

明瞭な話し方や繰り返しの配慮

補聴援助システム(送信マイクなど)の活用

「本人が頑張る」よりも、「環境を整える」ほうが即効性があります。


② 代償手段の活用

聴覚だけに頼らない工夫

文字情報や図の併用

板書や資料の事前配布

メモや録音の活用

発達特性のある人にとっては、視覚優位の学習スタイルがフィットすることも多く、これは合理的配慮として非常に有効です。


③ 聴覚トレーニング

聞き取り練習や注意・記憶のトレーニングは、「劇的改善」というよりも、慣れや処理効率の向上を目指します。

魔法のように変わるわけではありませんが、「できる部分を少しずつ広げる」意味があります。


④ 心理的支援

実はここがとても重要です。

聞き誤りによる恥ずかしさ

叱責体験の積み重ね

「ちゃんと聞いて」と言われ続けた記憶

こうした経験が自己肯定感を下げていることも少なくありません。

カウンセリングでは、困りごとの整理だけでなく、「どう伝えれば楽になるか」という具体策も一緒に考えていきます。


■ 個別性がカギ


APDは一枚岩ではありません。

注意の問題が中心の人もいれば、不安が強くなると聞き取りが落ちる人もいます。

だからこそ、


聴覚特性

認知機能

心理状態

発達特性


これらを立体的に見ていく評価が欠かせません。



最後に

聴こえているのに、聞き取れない

それは見えにくい困難です。

けれど、環境を整え、補う手段を使い、心理的な支えを持つことで、日常の負担は確実に軽くなります。


「どうせ自分は聞き取れない」ではなく、

「どうすれば楽に聞けるか」を一緒に探す


APDを、能力の欠如ではなく“情報処理の個性”として捉えることが、発達支援の第一歩なのかもしれません。




【参考文献】

小渕千絵(2019)「聴覚情報処理障害(Auditory processing disorder, APD)の現状と対応」小児耳,2019;40(3):225-230.

 
 
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