周囲に合わせるための努力ーASDのカモフラージュと代償戦略

ICD-11で注目される「ASDのカモフラージュと代償戦略」
※ICD-11とは、WHO(世界保健機関)が作成した国際疾病分類の第11版です。
ASD(自閉スペクトラム症)というと、周囲とのコミュニケーションが難しかったり、こだわりが強かったりする様子を思い浮かべる方もいるかもしれません。
しかし、周囲に合わせるために努力し、一見すると問題なく生活しているように見える人もいます。
先日、講習会で本田秀夫先生が紹介されていた、ICD-11のASDの診断要件についてのお話が印象に残りました。
WHOのICD-11には、次のような趣旨の記述があります。
「一部の人は、並外れた努力によって多くの状況で十分に機能することができ、その場合は特性が他者には明らかでないことがある。そうした場合でも診断はなお適切である。」(WHO『ICD-11』より、講習会で紹介された要約)
この記述は、周囲から見て十分に適応できているように見えることと、本人にASDの特性があることは、必ずしも矛盾しないということを示しています。これは、本人の努力によって特性が目立たなくなっている場合も、診断を考えるうえで重要な視点になるということです。
カモフラージュとは?
カモフラージュとは、本人の特性が周囲から見えにくくなるように、意識的、あるいは習慣的に振る舞うことを指します。
例えば、
苦手な場面でも笑顔をつくり、周囲に合わせる
相手の表情や反応を観察し、会話の仕方を学んで再現する
周囲の人の振る舞いを参考にして、その場に合う行動を取る
こうした工夫によって、周囲からはコミュニケーションができているように見えることがあります。
しかし、そのために多くの注意やエネルギーを使い、強い疲労やストレスを感じている場合もあります。
「仕事から家に帰ると疲れていてもう何もできない」
「毎日学校に行くだけで精一杯」
「どこかが悪いわけではないのに身体が動かない」
など、相談場面でよく耳にします。
代償能力・代償戦略とは?
代償能力とは、苦手なことや難しいことがあっても、別の能力や工夫を使って補い、課題に対応できる力のことです。
例えば、会話の流れを理解するために相手の表情や言葉を注意深く観察したり、忘れないように細かくメモを取ったりすることが挙げられます。こうした具体的な工夫や方法は、代償戦略と呼ばれます。
代償する力があることで、日常生活や仕事に対応できる場合があります。一方で、対応するための努力が大きく、本人に負担がかかっていることもあります。
周囲から見える姿だけではわからないこと
子どもの頃は、本人の工夫や周囲の支えによって困りごとが目立たなかった人も、成長して人間関係や仕事で求められることが複雑になると、それまでの方法では対応しきれなくなることがあります。
その結果、強い疲労や不安、気分の落ち込みなどが表れ、初めて相談につながる場合もあります。
ASDのカモフラージュと代償戦略について理解することは、これまで見えにくかった困りごとに気づくことにつながります。
今後、診断基準への理解が広がることで、これまで周囲に気づかれにくかったカモフラージュや、本人が抱えてきた困難にも目が向けられるようになることが期待されます。
一見、問題なく生活できているように見えても、実は大きな努力を重ねている人がいる。そのことが広く知られるようになれば、本人も自分の困りごとを理解し、相談につながるきっかけになるかもしれません。
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【参考文献】
本田秀夫(2026)「ニューロダイバーシティの視点からみた 自閉スペクトラム症の診断・支援の課題」令和8年度第7回北海道児童思春期精神医学セミナー
厚生労働省 令和6年度障害者総合福祉推進事業「ICD-11への改定を踏まえた 発達障害者支援のあり方に関する調査 報告書」株式会社 政策基礎研究所
加藤敏「ICD-11における自閉スペクトラム症とパーソナリティ症ー共通性と違いー」精神経誌(2025)第127巻 第11号.




